アリとキリギリスのお話って多分ほとんどの人が知っていますよね?
夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスはヴァイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。
やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、アリは
「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」
と食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。
このお話の場合、結末が
アリが食べ物を分けてあげてキリギリスが改心して夏の間働くようになる
というものや、
最後にキリギリスが「もう歌うべき歌はすべて歌った。君は僕の亡骸を食べて生き延びればいいよ」と言った
という好きなことだけをして生を全うしたという別の解釈ができるようになものもあったりするみたいです。
ただ基本は子供に「キリギリスみたいに遊んで暮らしていると後で痛い目に合うよ」というメッセージを伝えるための童話だと思いますが、実際あなたはどちらの人生を歩みたいと思いますか?
アリだった管理人ちーとキリギリスな夫や友人A
童話の中のアリとキリギリスは
アリ=好きなことをするのを我慢して一生懸命働き、将来のために蓄える
キリギリス=日々好きなことを満喫して今を精一杯楽しむ。その後のことは考えない
という感じだと思いますが、人間の生活の中では餓死するわけにはいかないので蓄えがなくなったら働くということになるかと思います。
ということは、
アリ=現役時代に十分蓄えて老後はそのお金でのんびり暮らす
キリギリス=現役時代に蓄えをせず好き勝手使った分老後も働き続ける
ということになりそうです。
要は、今楽をするか後で楽をするかの違いですよね?
そうなると、結局どっちもどっちってことなのでどちらが正しいということはないんじゃないかなぁと思うんですよね。
今のことろ身近な人をこのどちらかに分けると
アリ=私(管理人ちー)、実母
キリギリス=夫、友人A
友人Aに関してはこちらをどうぞ↓
という感じになるんですが、最近はキリギリスの人生もそれはそれでありだと思うようになりました。
夫のように欲しいものを手に入れるために働いているタイプもいるし、老後も仕事を続けたいと思っている人もいるわけですからね。
しかし、私は元々アリになるつもりもないんですよ。
現役時代を全て労働に費やすアリなんてまっぴらごめん!
短い期間で働きアリを卒業するためには
セミリタイアするまでの私は確実にアリでした(しかも超働き者の)
しかし、アリだった期間はすでに終わりを迎えています。
もう労働からは解放されてますからね( ´∀`)
というのも、私はアリの時代に他のアリの倍働き、2分の1の食糧で生きてきたからです。
そして、その蓄えを投資という奥義を使って増やすことで、普通は60歳まで働きアリとして働かなくてはいけないところを30代半ばで終えることができました。
ということは、私はキリギリスではなくアリだけど働きアリから自由なアリになったといった感じでしょうか。
そういえば以前に働きアリの話をしたことがあるんですが、アリの中にもよく働くアリもいればサボるアリもいるらしいんですよね。
私の場合はサボっているとはちょっとニュアンスが違うかもしれませんが、そういった組織の中でちょっと自由になっちゃった存在という感じかなと思っています(^ ^)
あなたもアリでもキリギリスでもない人生を目指してみませんか?
私としては今私が歩んでいる働かなくても生きていける自由なアリが最強だと思っているので、皆さんにこのブログを通してそういった生き方もあるということを伝えたいと思っています。
今や多様な生き方が存在する世の中です。
そのため、童話のようにアリかキリギリスか?という2択自体がもはや時代にあっていないと言えますよね。
私のようにアリはアリでも自由なアリを目指してもいいし、全てを束ねる女王アリを目指すのもかっこいいですよね?
キリギリスだって得意の歌を歌ってお金を稼ぐとかなんかうまい方法をやれば好きなことだけをして生きていくことだってできると思います。
そういった多様な生き方をする人が増えて、全員が幸せだなぁと思えるようになるのが一番最高な世の中ではないでしょうか?
実際日本は自由と寛容さが足りないために幸福度が低いと言われていますからね
ということで、アリでもキリギリスでも何でもいいんですが、自分にとって最高に幸せと思える生き方をするのがやはり正解かなと思っています。
一度の人生なので固定概念に囚われることなく、一度立ち止まって自分の人生についてよく考えてみましょう!
以上、最後までお付き合いいただきありがとうございました♪
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